道路交通法2条において、「横断歩道」とは「道路標識又は道路標示により歩行者の横断の用に供するための場所であることが示されている道路の部分をいう」とされています。同法12条で「歩行者は、道路を横断しようとするときは、横断歩道がある場所の附近においては、その横断歩道によつて道路を横断しなければならない。」「歩行者は、交差点において道路標識等により斜めに道路を横断することができることとされている場合を除き、斜めに道路を横断してはならない」とされている。では、自転車はどうなるかといえば、同法2条と同法63条で、「道路標識等により自転車の横断の用に供するための場所(自転車横断帯)によって横断しなければいけまんせよ」というような趣旨のことが書かれている。

横断歩道を横断する自転車との事故について、通常、横断歩道上の歩行者との事故と同じように「横断歩道による横断自転車の有無及びその安全確認を怠った過失」として事件が処理されているのはどのような根拠によるのであろうかと考えた場合、平成20年6月1日(道路交通法及び同法施工令の一部改正)以降の判例として平成22年5月25日、東京高等裁判所の判決と立花書房が発行する「交通事故 事件捜査〜過失認定と実況見分」が大変参考になるのでご紹介しよう。

【概要】
被告人が普通乗用車を運転し、交通整理の行われておらず、直進方向出口に横断歩道が設けられた、左方道路と交差する丁字路交差点を時速約55キロメートルで直進した際、同横断歩道上を左方から右方に向かい横断を開始した被害者運転の自転車を左前方約6.9メートルの地点に認め、急制動の措置を講じたが間に合わず、同自転車に自車を衝突させて被害者を自転車もろとも路上に転倒させた結果、被害者を死亡させた。

原判決は、被告人には、本件交差点の左方がフェンスや木の茂み等により、見通しが悪く、横断歩道を左方から右方へ横断する歩行者等の有無の確認が困難な状況であったから、①適宜速度を調整し、②横断歩道による横断歩行者等の有無及びその安全を確認して進行するべき自動車運転上の注意義務があるのに、これらを怠った過失があるとした。

被告人が控訴を申し立て、控訴審では、弁護人が、「道路交通法38条1項は、歩行者が横断歩道を利用して道路を横断する場合及び自転車が自転車横断帯を利用して道路を横断する場合の安全をそれぞれ保護したものであって、自転車が自転車横断帯のない横断歩道を利用して道路を横断する場合まで想定していないから、本件において、被告人には同条項による徐行義務及び安全確認義務は課されていない、また、横断歩道の周辺には歩行者がいなかったのに、歩行者に対して要請される前記の各義務を流用して、被害者車両が横断する予見可能性を認定するのは不当である。」などと主張した。

(引用:交通事故 事件捜査〜過失認定と実況見分)

これに対し、控訴審判決は、次のように判示して控訴を棄却した。

原判決は、「同条項は、横断歩道における自転車自体を保護する規定ではない」と説示し、所論と同様の前提に立っている。その上で、横断歩道の存在を認識していた被告人には、①見通しの悪い左方道路から横断歩道に向けて進行してくる歩行者に備えた除光義務があり、その歩行者には小走りで来るような歩行者も含まれると解されること、②自転車通行者には横断歩道で自転車を降りて進行するよう指導がされているとはいえ、自転車に乗ったまま横断歩道を進行する者が日常的に存在することなどから、本件において、横断歩道に接近する際に、歩行者のみならず、被害者のような小走りの歩行者と同程度の速度で進行してくる自転車が横断歩道に進出してくることを予見することは可能である、としている。

被告人は、その検察官調書(原審乙5)及び警察官調書(同乙2)によれば、進行道路の制限速度が時速約40キロメートルであることや本件交差点に横断歩道が設置されていることを以前から知っていたものの、交通が閑散であったので気を許し、ぼんやりと遠方を見ており、前方左右を十分に確認しないまま時速約55キロメートルで進行した、というのである。進路前方を横断歩道により横断しようとする歩行者がないことを確認していた訳ではないから、道路交通法38条1項により、横断歩道手前にある停止線の直前で停止することができるような速度で進行するべき義務があったことは明らかである。結果的に、たまたま横断歩道の周辺に歩行者がいなかったからといって、遡って前記義務を免れるものではない。もちろん、同条項による徐行義務は、本件のように自転車横断帯の設置されていない横断歩道を自転車に乗ったまま横断する者に直接向けられたものではない。しかし、だからといって、このような自転車に対しておよそその安全を配慮する必要がないということにはならない。

自動車運転者としては、同法70条による安全運転義務があるのはもちろん、交通の実情を踏まえた注意義務が求められるのは当然である(所論は、道路交通法上の義務と自動車運転過失致死罪における注意義務を同一のものと理解している点で相当でない。すなわち、信頼の原則が働くような場合はともかく、前者がないからといって、直ちに後者までないということにはならない。)そして、自転車は、対歩行者との関係では交通強者であるものの、対自動車との関係では交通弱者であって、なお多くの自転車が歩行者と同様に自転車横断帯の設置されていない横断歩道を利用して横断しているのが交通の実情である。

平成20年6月1日施行の改正後の道路交通法施行令2条1項をみると、例外的に歩道を通行することができる自転車の範囲を明確化したことに伴い、自転車横断帯が設置されていない交差点において、これらの自転車が横断歩道を進行して道路を横断することが見込まれていることを踏まえ、横断歩道を進行しようとする自転車については、人の形をする記号を有する信号に従わなければならないと規定している。

また、それに伴い、国家公安委員会告示第3号「交通の方法に関する教則」も、自動車の安全な通行について、「横断歩道は歩行者の横断するための場所ですので、横断中の歩行者がいないなど歩行者の通行を妨げるおそれのない場合を除き、自転車に乗ったまま通行してはいけません」(第3章第2節1(5))、「横断歩道を進行する場合は、歩行者信号機の信号に従わなければなりません」(同3(1))とそれぞれ改められ、自転車が一定の場合に横断歩道を利用して道路を横断することを想定している。

被害者は、本件当時84歳であったが、自転車の運転者が70歳以上の高齢者である場合については、自転車が歩道を通行することができる場合の一つとされており、正に自転車横断帯の設置されていない横断歩道を利用して道路を横断することが想定されていたといえる。自動車運転者としても、このような交通の実情を踏まえれば、歩行者はもちろん、歩行者の通行を妨げることのない場合に徐行して自転車が横断舗装を利用して道路を横断するかもしれない、と予見することは十分に可能である。

したがって、進路前方の交通整理の行われていない交差点に横断歩道がある場合には、適宜速度を調整し、横断歩道による歩行者及び自転車の有無並びにその安全を確認して進行するべき注意義務が認められる。原判決も同趣旨と解され、所論がいうように歩行者に対して要請される道路交通法38条1項による徐行義務等を流用して、被害者車両の予見可能性を認定しているわけではない。

(引用:交通事故 事件捜査〜過失認定と実況見分)

【書籍のご紹介】
「よくわかる 交通事故・事件捜査〜過失認定と実況見分〜[現場見取図付き]」
著者:依田 隆文 木村昇一(共著)
発行:立花書房

【著者紹介】
依田 隆文(よだ たかふみ)
前さいたま地方検察庁交通部長
(略歴)
東京地方検察庁交通部検事、札幌地方検察庁交通部長、東京地方検察庁交通部副部長、さいたま地方検察庁交通部長等を歴任

木村 昇一(きむら しょういち)
東京地方検察庁立川市部統括副検事
(略歴)
千葉地方検察庁交通部、東京地方検察庁交通部、仙台地方検察庁刑事部、東京地方検察庁刑事部等を経て現職